Meet Earth
地球に触れている人達と出会う旅08


香川県飯山町








 香川県のほぼ中央、「讃岐富士」と呼ばれる飯野山のふもとは、4月になると一面、桃の花に包まれる。

 露地ものが出回る6月から8月、桃農家は収穫、選別、出荷作業に追われる。その忙しさは寝る暇もないほどと聞いていたので、生産者のA見さん(61)宅をおそるおそる訪ねてみると、
「今ちょうどひと休みしとったところや」
 予想に反して、戸口に柔和な笑顔が現れた。
「去年やったら追い返しとったな」
 そう言うA見さんの顔は、昼過ぎだというのに赤らんでいて、吐く息はちょっぴりビールの匂いがした。
 飯山町では昨年まで、生産者が庭先で桃の選別・箱詰めをしていたのだという。その作業だけで深夜を回ることも珍しくなく、翌朝の収穫は四時、五時から。
「靴を脱いでゆっくり休むこともできんかったんです。この時期は二、三時間しか寝られんのです」
 妻のN子さん(61)が言った。
 でも、今年からは昼寝ができるようになったんじゃ、とA見さんは言った。
 昨年完成した大規模選果場のおかだという。荷受けから出荷までを完全自動化し、近赤外線レーザー光によって糖度、核割れ(種が割れている状態)、液状果(熟しすぎ)などを瞬時に判定する、国内初の選別システムを導入した。
「作り手がじいさんばあさんばっかりになってしまって、夏の暑い盛りにもう桃なんか作りとうない、なんて言われることがしょっちゅうでしてね」
 農協のY本さんが言う。
 大きな負担になっていたのは、深夜までかかる選別作業にほかならなかった。品質を高め、農家の負担を減らし、産地として生き残るためには、最新鋭の選果場が何としても必要だった。
「今しとかなんだら、飯山町の桃はのうなってしまう。そんな危機感があったんじゃ」
 A見さんはそう言う。
 桃といえば、昔話の桃太郎でも知られる岡山県が、全国一の産地。香川県はナンバー2である。知名度をもたない2番手だからこその危機感----とはいえ、総事業費6億円を超える巨大な選果場の建設は、周囲の反対も大きかった。後継者だって育っていないのに、今さらそんなもん作ったって手遅れじゃ。そんな声が多く上がった。資金集めと陳情に、A見さん達は駆けずり回った。
「この辺は昔から『香川の桃源郷』なんて呼ばれとってなあ。わしらの父ちゃんやじいちゃんらが、一生懸命開墾して産地を作ったんよ。それから130年以上、一度も桃が途切れた時はないんじゃ」
 A見さんが言う。
 先祖が築いた産地を守る切り札----大規模選果場は2001年に着工し、翌年完成した。そして今年、初稼働。
「おかげで、昼間からコレができるようになったわい」
 N子さんに聞こえないよう小声でそう言うと、A見さんはコップをあおる仕草をしてみせた。まさかそのために導入したわけじゃ? 本気でそう思ってしまうほど、その顔には屈託ない笑みが浮かんでいた。
 飯野山のふもとに広がる「桃源郷」は、来年の春もまた、一面の桃の花に包まれる。

(2003年8月1日発行『TALEMARKETvol.08』より)







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