Sketch Notes
旅の雑記帳01


鳥取砂丘








 馬鹿馬鹿しいくらい、シンプルな線と色彩。
 予期せぬその単調さに、僕はちょっと呆然とした思いで、足を止めた。
 その横を、おばちゃんの一団がぞろぞろと追い抜いて行った。
「あっついわあ〜」
「ほんまやねえ」
「夏みたいや」
 大型バスに乗ってわざわざこんな観光地まで来て、最初の感想が「暑い」というのもいかがなものかと思ったが、どうやら眼前の風景は、「綺麗ねえ」とか「素敵やわあ」とか、そういう感慨をもたらしてくれる類のものではないらしい。
 確かに----。
 青い空の下、砂一面。
 「砂丘」というだけあって、100メートルくらい先に小高い丘があり、その先には3センチくらい海が見える。空と大地を隔てている砂の曲線はあまりにもシンプルで、海空の青さと砂の色、視界の中、この二色しか存在しない色相もまた、ひどくシンプルなものだった。
 美しい、とも言えた。
 でも、それよりもなによりも、僕にはこの馬鹿みたいにシンプルな風景が、なぜかわからないけれど、やけに物哀しく感じられた。
 砂丘の風景が醸し出す寂獏とした感情のせいか、それとも単に哀しい気持ちだったのか、よくわからない。
 観光客を乗せるために待機している駱駝。
「たろう」と書かれた名札を貼られて頭に無理矢理な帽子をかぶせられた馬車馬。
 その馬車に何とか客を乗せようと、競って声を張り上げている女の子。
 記念写真を撮る台の前で誰がどこに立つか決めかねている観光客。
 どれもこれも妙に渇いていて、陰鬱な気持ちにさせた。
 一緒になって、眼前の風景の一員になってしまえばいっそのこといいのに、いつも物事の外側の縁に立っていようとしている自分が感じられて、もどかしい。
 とりあえずあの丘まで行ってみるか。
 砂に足を取られながら、歩き始めた。
 あそこまで行けば海が見えるはず、海が見えたって別に得しやしないけどな、いやいやここまで来て引き返すのも……1、2、1、2、それにしても何だって砂浜ってのはこんなに歩きづらいんだ、ああ暑い、くそう暑いなあ----。
 足下を睨みながら10分もそうやって歩き、傾斜を上りきったところで、いきなり視界が開けた。
 空の青さを映した海は、沖にいくほど群青色に近くて、それが赤みがかった青、黄緑がかった青と、浜辺に近づくにつれて色相を変えていた。
 砂浜を見下ろすと、波打ち際に二人の女学生がいた。
 カバンを置き、靴を脱いで、スカートを膝まで上げ、波に遊んでいた。
 潮くさい風に乗って、はしゃいだ声がかすかにここまで届いた。
 嫌になるくらい、「絵になる」風景だった。
 ここでもカメラなんか取り出さず、黙って風景の一部になってしまえば気持ちも良いだろうに----僕は借り物のデジタルカメラ、ミノルタDimageXiをポケットから取り出した。
 ファインダーを覗き込み、女学生はセンター、いや左下か、水平線を入れて……入れない方が広がりが感じられるかな、とか何とかブツブツ言いながら、気がついたら20回以上もシャッターを切っていた。
 ふと、影がよぎった。
 見上げると、トンビだか何だかよくわからない鳥が、青の空を背景に大きな弧を描いていた。
 不意に阿呆らしくなってカメラをしまい、砂の上にしゃがみ込んだ。
 空を見上げて、海を見渡して、それからまた砂を見下ろした。
 女学生の声が聞こえた。
 もうどれくらい、あそこにいるんだろう。今日は平日だし。学校をサボッて来ているのか。いやそういう感じにも見えないし……創立記念日? 違うな。
 ----待てよ。
 ふと思った。1200千二百円くらいで、一日中砂浜で戯れる女学生を演じるバイト。雇い主は「鳥取砂丘観光開発事業団」(そんな団体はないけど)。明日は、和服姿で日傘を差した女性の日です。水着姿がご希望なら、オプションでご用意。
 初夏の陽差しと砂の照り返しに、視界が一瞬ぐらりと揺れた。

 肩を叩かれる。
 振り返ると、20年くらい前に流行ったようなミラーサングラスに、派手なアロハシャツの男。
「お客さん、何枚撮りました? ちょっとカメラ見せてくれる?」
 言われるままにポケットからカメラを差し出すと、男は慣れた手つきでフィルム枚数を確認する。
「ええっと……26枚だね。じゃ、26000円に消費税で、27300円。なに驚いてんの? 一カット1000円って書いてあったでしょ、砂丘の入り口に。見てない? そりゃお客さんの勝手だけどさ、こっちも商売だからね。嫌ならフィルム抜いちゃうよ。いいの? え? 仕事? 関係ないよ、そんなの。いいから出して出して。はい、ありがとう、3万円からね。これお釣り、2700円。あ、駄目だよ、この後はもう撮んないでね」
 早口でまくしたてる男の顔が、一瞬、ぐにゃりと歪む。
安っぽいシャツの柄がぶれる。瞬きをしてよく見ようとすると、その姿は忽然と消え失せている。砂の大地の蜃気楼。
 
 浜辺を見下ろすと、女学生達はまだ波打ち際にいた。
 相変わらずスカートをたくし上げ、どちらが長く海に入っていられるか競争しているようだった。
 ふと時計に目を落とすと、25分が過ぎていた。
 僕は慌てて立ち上がり、ポケットから財布を取り出して中身を確かめた。

(2003年7月1日発行『TALEMARKETvol.07』より)






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