wayside
某処某人08



広島県庄原市





◇望郷の女◇

8月の旅は嫌い。
船も電車も飛行機も、どこもかしこも家族連れだの友達連れだの恋人連れだので、馬鹿みたいに混んでいて、馬鹿みたいにやかましい。おまけに切符を取るのも宿を取るのも一苦労だ。
だからと言って人様並みに夏休みを取れるわけもなく、お盆明け、台風一過の青空が広がるある日、広島に向かった。
10時5分に出発する飛行機に乗るのに、8時20分に空港に着いたのに、座席は後方通路側しか空いていないのだった。子供みたいなことを言うようだけれど、僕は前方窓側の席が好きなのである。
ぶつぶつ言いながらチェックインを済ませ、ラウンジの喫茶店でモーニングセットを食べた。
斜め向かいのテーブルは4人の親子連れが陣取っていて、7歳くらいの男の子が、
「チョコレートケーキ食べたいいぃ!」
と絶叫していた。
父親はずっとスポーツ新聞を読んでいて、母親は諦観と憎悪が入り交じったような何だか呆然とした表情でその子のことを黙って見ていて、僕はちょっとだけ哀しい気分になって、
「ショートケーキの方がいいのに」
とわけもなく思った。
その向かい側のテーブルには、50代くらいの男1人と20代くらいの女二人が座っていて、僕と同じモーニングセットを食べていた。男の方はビールだけ飲んでいた。
男は横じまのポロシャツにグレーのパンツで、精一杯おしゃれをしている様子が、全身に力一杯表れていた。女の方は両方とも、見ているだけで腹をくだしそうなへそ出しルックにタイトなジーンズで、北京語でしきりに何か喋っていた。
こういう取り合わせというのは、空港とか観光地とかで時々見かける。店の女のコと常連客、という組み合わせだ。
「ねえパパァ、旅行に連れてってえ〜」
「んん? よおし、どこに行きたいんだい?」
「ディズニーランド!」
「そうか、じゃあ夏休みに行こうか!」
「ほんとー? うれしい! もう一人友だち連れて行ってもいーい?」
「いいよいいよお」(あらぬ妄想がさらに膨張する)
そこでパパ、ひととおり家族サービスがすんだお盆明けに、秘密のサマーバケーションへと突入。
当日、彼女が連れてくるのは、お店で一番人気がない、当然そういう誘いもないような女の子である(彼女たちの同胞心は非常に強くて、お金以外の利得はちゃんとシェアするものだ)。
それでもまあ、両手に花の旅道中かと思いきや、実はほとんどが女の子同士楽しくお喋りするばかりで(もちろん母国語。目の前のパパをあからさまに侮辱していることもよくある)、もっぱらパパは蚊帳の外。運転手、荷物番、金糸持ちとなって、あらぬ妄想の10%くらいが実現すればいい方で、まんまと彼女たちのサマーバケーションは終わるのである。
今、僕の目の前に座っている3人組がそういう手合いかどうかはわからないけれど、「パパ」が周りの目を気にしながら遠慮がちに追従笑いをしている仕草とか、誇らしさと居心地の悪さを同時に感じているような様子とか、すでにちょっとだけ後悔し始めているような表情とか、そんなのを見ていると、8割方当たっているだろうなあと思った。
それにしても、単身母国を離れ、男を手玉に取りながら(これはそう難しいことじゃないか)、稼いだ日銭を故郷に送り続ける彼女達の姿は、いつどこで見ても、たくましいなあと感服してしまう。
そんなことをぼんやり思いながら、見るともなしに眺めていたら、突然、女が喋るのをやめた。相棒の女が口を開こうとするのを、手で制止する。パパが「どうしたの?」と訪ねるのには、返事すらしない。
周囲の喧噪をさえぎるように、一心に何かに耳を澄ませているのである。
つられて僕も耳を傾けた。
歌が流れていた。
中国の人気女性歌手、フェイ・ウォンが歌う『容易受傷的女人』という歌だった。

我 欲 乗 風 帰 去 
唯 恐 瓊 樓 玉 宇
Faye Wong「但願人長久」(1995)
 私は風に乗って帰りたいが
 高い建物を飛び越えられるだろうか

20年ほど前に中島みゆきが出した『ルージュ』という曲を、フェイ・ウォンがカバーしている歌だ。
家族連れでごった返す1階の出発ロビーの掲示板のあたりをじっと凝視しながら、彼女はフェイ・ウォンが湿度のある声で一曲歌い終わるまで、ずっと耳を傾けていた。

◇マドンナとハンバーグカレー◇

中国山脈の山ふところに抱かれた庄原市という街を訪ねた。
広島空港でレンタカーを借りて、山あいを走ること2時間。
「何もない所ですよー」と言われて、期待して来てみたのだが、本当に何もない街なのだった。
地方都市にも色々あって、県庁所在地のような街は、こぎれいな東京といった感じで、便利ではあるけれど味がない。
かと言って小さな村みたいな土地は、それはそれで人情旅の出会いがあったりするのだけれど、僕が一番好きなのは、その中間くらいの大きさの街である。
さびれた商店街があって、ささやかなネオン街があって、住宅街のすぐ裏に連れ込み宿があるような、そんな街にやって来ると、意味もなくわくわくしてしまう。庄原もきっとそういう街だろうと想像して来たのだが、ちょっとというか、だいぶ違っていた。
夕暮れに街に着き、「庄原グランドホテル」という唯一のビジネスホテルにチェックインしたら、内装工事中で、ロビーといい通路といい、古びたペンキと木工用ボンドのすっぱい臭いがたちこめていた。客室までの廊下には、青いビニールシートが敷かれていた。
やれやれと独りごちながら、とりあえず部屋に荷物を置いて、カメラと煙草を持って街歩きに出かけた。
備後庄原の駅までぶらぶらと歩いて行ってみたものの、夏休みで学生もおらず、やけに閑散としているのだった。
駅前通りは坂道になっていて、四つ角には、何でだしを取っているかわからないような料理を出す風情の駅前食堂が、のれんを揺らしていた。
ぶらぶらとさらに進むと、市役所とか郵便局とかが並んでいるメインストリートがあって、そのささやかな官庁街にしがみつくように、ささやかな飲み食い屋が3〜4軒。郵便局のポールに取りつけられた日の丸の旗が、風に揺れてからんからんとわびしい音をたてていた。
駅前の坂道の途中に、プレハブ小屋を改築したような小さなボウリング場があって、そこから漏れ聞こえてくる、がかーん、ごこーんというピンの音も、どこかしら虚ろで物寂しいのだった。
道行く人はほとんどなくて、客待ちのタクシーの運転手に車の窓からじいーっと見られて、閉めかけた店のシャッターの奥からおやじにじろっと睨まれて、どうせどこに行ってもよそ者なのだから開き直ってしまえばいいものを、つい背中を丸めて急ぎ足になるのだった。
結局、改装中のホテルに戻って、1階にある『マルコポーロ』という名前のイタリア料理店で夕食をとることにした。
それなりに小洒落た感じがしなくもない店内に入ると、奥のテーブルを団体客が陣取っていた。隅っこの席に腰を下ろし、「カレーとコーラに外れなし」の旅の法則に従って、ハンバーグカレーを頼む。1200円。
奥の団体客は、市議会か商工会のお偉いさん達のようで、ビールをがばがばと飲んでは、大声で喋っていた。他の客は僕だけだった。
失敗した、と思った。
地元で唯一の高級料理店(ところでマルコポーロってイタリア人なのか?)で、店の人間も何だかそれ相応のプライドみたいなものを持っているような顔つきをしていて、町の有力者が団体客で入っているような、そんな店で食事をしたら、たいがいロクな目に遭わない。
注文をしてから30分過ぎても、料理はおろか水すら出て来ないのだった。厨房の中もウェイトレスも、何やら団体向けの料理に追われている様子なのだが、団体と言ってもせいぜい7〜8人のことなのだ。
不毛な街歩きをしたせいかやけに喉が渇いて、そろそろ花瓶の水でもいいから飲ませてほしい気分になったところで、ウェイトレスに声をかけて、「水をください」と言った。
たいがいこういう場合「あ、どうもすいません」と恐縮して急いで持ってきてくれるものだし、僕もそう言われたときに「いいえどうもありがとう」とにっこり返すくらいの準備はあったのだけれど、その子は「ああいるの?」という顔をしてきびすを返し、コップに半分ほど入った水を何も言わずに置いていった。
それからさらに10分くらいして、ハンバーグカレーが運ばれてきた。
皿の上に押しつけるようにご飯が盛られていて、その上に、ちょうど親指と人差し指で輪っかを作ったくらいの大きさの肉っころが1個乗っかっていた。
確かに、「イタリア料理」の店でハンバーグカレーなんてものを頼む側にも3割くらいの非はあるかもしれないけど、そのハンバーグだか肉団子だかよくわからない「OK」サイズの肉片を見ていたら、僕はいよいよみじめな気分になってしまった。
奥の団体席では、コース料理のビフテキが、炒めたパプリカやらミニトマトやらを添えられて次々に運ばれていた。
店内には、マドンナが95年に発表した『SOMETHING TO REMEMBER』というアルバムがエンドレスで延々と流れていて、この先、部屋で同じアルバムを聴くたびにこの街のことを思い出すのかと思うと、みじめな気分が陰鬱にさえなってしまうのだった。
そそくさと食べ終え、ぬるい珈琲をすすりながら煙草に火をつけた時、さっきのウェイトレスが近づいてきた。
水を注いでくれるのかと思ったら、「これ付いてたんですけど」と言って、小さな皿に乾燥しかけたレタスとかキュウリとかがちんまり盛られた、サラダらしきものを差し出した。
僕は思わず3秒くらいその子の顔をまじまじと見てから、黙って首を横に振った。
そしてわけもなく思った。
やっぱり、8月の旅は嫌い。
(2002年8月26日発行『某処某人8』より
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